雲の使者8号

不定期便「雲の使者」
Tomomi Paromitaメールマガジン8号

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 雪原のような
 雲は海上に
 氷像のジオラマを
 作り続ける
 誰も見ずとも

 うたうたう人の
 連帯は
 みんなでマニ車を
 回しているような
 気持ち

 本当の
 博物館は
 芸能に近づく
 全ては
 原点へ

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(展示・公演情報)

★8月14日(火)〜28日(火)10:00〜25:00・水曜定休
佐藤友美パロミタ個展「はらみつ展2018 愛のかたち」
(作家は10:00〜19:00まで在廊)
※カフェでの開催のため、ワンドリンクのオーダーをお願いいたします。
会場:kitaike-gallery Portfolio(東京・北池袋)
[http://kitaike-gallery.com/]

・8月19日(日)14時〜17時は
「バウルのうたと対話の会」二弦の会をやります。二弦という名を持つ四弦の楽器ドタラに、現在集中的に取り組んでいるので、その中間報告のような内容です。私のバウルのうたの現在地をなぞります。
ワンドリンク+投げ銭。予約不要。

・8月26日(日)14時〜17時は
「バウルのうたと対話の会」一弦の会をやります。吟遊詩人と呼ばれる行者の修行に取り組む、舞い歌うとはどういうことなのか? 私のバウルのうたの現在地をなぞります。
ワンドリンク+投げ銭。予約不要。

★9月13日(水)〜18日(火) 「ドリーミング・インディア」
Touch the Gondとのコラボレーション展示
at ギャラリー・スペースM(埼玉・志木)
[http://seseragi.michikusa.jp/gallery_space_m.html]

・9月15日(土)18時より、入場無料のバウルコンサートがあります。

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ジョイグル、ご無沙汰しております。
おかげさまで無事に6月の師匠来日ツアーを終え、しばしオーストラリアへの里帰りをしておりました…。
で、今週から既に北池袋での個展が始まっております。
今回の展示はインド要素をおさえめに2週間続きます。今までとは意識をかなり変えて企画しました。
9月の合同展はインドテーマです。

このメールマガジンは、つい途切れがちなメール返信や、連絡を補う意味でもお送りしております。
メールの返信が滞っている皆さまは大変申し訳ございません。(もし重要な案件で途切れているものがあれば本当にすみませんがリマインダーをお願いします…)

8年振りのオーストラリア、懐かしい人々にも会え、楽しかったです。
今回は、学生当時は距離を置いていた先住民アボリジニ関係のことについて、きちんと知りたいなと思って行きまして、スカスカで行ったスーツケースを資料で重量制限ギリギリにして帰ってきました。
中でも、キャンベラのオーストラリア国立博物館のアボリジニ関係の展示が圧巻で、ものすごい衝撃とインスピレーションを受けてきました。
しばらくは、ドリーミングやソングラインのことしか頭になかったというぐらい。土地と人、伝統と継承について頭の中がぐるぐると回っていました。
この出会いは今回の個展、そしてこれからの全ての活動に反映されていくことでしょう。

帰国してからは、うたや楽器、そして舞いに取り組む時間がようやく、ちゃんと確保できるようになりました。
これまでとは、あらゆることへの臨み方が変化していくように感じています。
まずは、常に動きの意識が途切れないということに取り組んでいます。

また、師匠のエクタラ・カラリのニュースレター「Sahaj Madhuri」の6号にに桃山晴衣についてと日本ツアーについて寄稿しました。
[http://ekatharakalari.org/category/sahaj-madhuri-vol-6/]
今号は女性行者の特集で読み応えがあるので、英語が大丈夫な方はぜひご一読くださいませ。

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最近読んだ本

「感じて、ゆるす仏教」藤田一照、魚川佑司(角川書店)
「悟らなくたって、いいじゃないか」プラユキ・ナラテボー、魚川佑司(幻冬舎新書)
「許す:読むだけで心が晴れる仏教法話」ウ・ジョーティカ、魚川佑司訳(新潮社)
最初の対談を読んで、どうもこの魚川さんという方が面白いと思って残りの二冊にも手を出しました。対談本はどうしても、お互いがお互いの話を自分の理解に引き寄せながら、多少は噛み合っていなくてもやり過ごしてそれぞれ持論を展開していく、ということが多いなあと感じます。が、この方はそういう齟齬を全然許さない、切り込む切り込む。そのまっすぐさと、それを受けとめるそれぞれ高僧の器と、そこに生じるテンションもそのまま収録してある対話がとても面白かった。そして、おかげさまでボンヤリしていた仏教の分布図?みたいなのが何となく分かりました。

「神様の住所」九螺ささら(朝日出版者)
本屋で手に取って、手放せなくなってレジに行くはめになった、歌集+α。
現代詩も短歌も、私は読めない(=読んでも頭に入って来ない)ものが多いのですが、この人の歌は意味が分からないことも多々あるのに、それなのにスーッと入って来て出て行ってくれない。すごい人。

「阿修羅のジュエリー」鶴岡真弓(イースト・プレス)
ケルト学の第一人者、鶴岡真弓の講座に出てからどうしても気になって取り寄せたもの。興福寺の阿修羅像を手がかりに、アジアの東端からヨーロッパの西の果てまで、地平も時空も超えためくるめくイメージの連想と連環の旅へ出発…という趣。鶴岡先生の文章は、正直なところけして読みやすくはなくて、彼女の口調と結びつけながら読み進めています。なので、喋りの速さでしか進まず、私にしてはゆっくり読んでいます(今まで読み終えたことがない「ケルト/装飾的思考」もこのやり方なら読めるかしら…)。鶴岡先生はインド方面は弱いなと感じていて、なので他の地域に関してもそういう部分はあるのかもしれません。それでも、様々な情報を有機的に繋げて星空を織り上げるような世界観に魅せられずにはいられず、私はどうしてもそのような学者に惹かれてしまいます。

「日本人の身体」安田登(ちくま新書)
「日本人の〜」というタイトルのアレルギーなので読んでいなかったのですが、うっかり手に取ったら面白かったので、今更ながらの読了。すごく面白いです。安田登さんは、日本とそれ以外を差別することなく(古典ギリシア語やヘブライ語まで学びながら)、その上で甲骨文字や漢籍、能楽の深い知識を元に語られるので、安心してその思考の海を漂うことができます。

“Songlines: tracking the Seven Sisters” (National Museum of Australia)
私が今回キャンベラで衝撃を受けて恋に落ちたオーストラリア国立博物館のアボリジニ展示…の前身におそらくなった、2017年秋〜2018年初頭にかけて開催されていた展示の記録の本。厚さが2cmぐらいあって重い。しかし凄いです。ほんとに凄い。

“Aboriginal Australians: first nations of an ancisnt continent” Stephen Muecke and Adam Shoemaker (Thames & Husdon)
アボリジニの基本的な歴史や概要が知りたくて良い本を探していたのですが、これがすごく良かった。意外と、コンパクトで分かりやすいものが無くて。シドニーの博物館ショップで見つけたのかな。B6サイズで持ち運んで読んでいました。良い本。

***

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
それでは、また!

ジョイグル

Paromita 佐藤友美

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個展に向けての覚え書き4―共有すべきもの

少し話を戻します。継承のための展示と、芸能の原点ということ。これは、つまりコミュニケーションということに尽きるのかもしれません。
コミュニケーションと言えば、私が最も苦手とするものの一つです。10代の半ばからは、会話によるコミュニケーションや、そして大学に入ってからは特に論理や文章によるコミュニケーションに取り組んで来て、ある程度できるようになった気がしていましたが、このところ直面せざるをえなかったことは、このどれも、私は「できなくはない」という程度でしかない、ということです。

そしてだからこそ、詩や、画の重要性が増してきましたーー話し言葉や論理よりもよほど雄弁に、そして的確に…つまり相対的にはより正確に、私の伝えたいことを語ってくれる(そのポテンシャルを有している)。

芸能の原点は、自然や神(そしてもしかしたら、己)とのコミュニケーションであったり、あるいは何かしらの智慧や知識の継承だと考えます。
ドリーミングでも多くの芸能でも、語ることすなわち、歴史…共同体の歴史と切り離すことができないものが多い。

それでは私が共有したいもの、共有すべきものは何か? と考えた時、私自身の歴史である、と思いました。
ただし、それは物語ではありません。時系列の認識や記憶感覚というものが、私の意識にはあまり無いのです。だから、「もの語り」ではあっても、いわゆるストーリーではありません。
私がしたい(あるいは、すべき)なのはむしろ感覚の共有という、見ようによっては不可能なものであって、そのために必要性があって、可能であればストーリー的な語り方=そうした解きほぐし方もするかもしれない。
その感覚というのも多くは、私がこれまでの歩みの中で、様々な他者から受け取り、あえてこういう言い方をしてみますが、「内面の庭に植えて、育てて来た」ものです。

ここまで考えてようやく、私が展示や公演をする意味が見えてきました。

(続く)

個展に向けての覚え書き3―ドリーミング

ドリーミングとは何か、ソングラインとは何か。
この吸引力の強い、魅力的な言葉の実態は、しかしその耳触りの良さにごまかされて見えて来ません。それが小骨のように引っかかっていたことが、今回の旅を通してのテーマに繋がりました。

今回学んだ中での付け焼き刃の理解ですが…
ドリーミングやソングラインという言葉に翻訳され表される概念は、生きている神話とも言えるもの。

ドリーミングで語られる物語は、過去でありながら過去ではない。
土地を通して、常に現在の人に関わり、継承され、現在として生きている。
その理解が明瞭に共有されているからこそ、帝国主義によって踏みにじられ、破壊され尽くしても尚、かろうじて継承の糸が繋がってきた。
(しかしいわゆる白人文化、国際文化に呑み込まれる中で本当に途絶えてしまうという危機感が、私の体験した博物館での展示や、アート活動に反映されている)

神話を生きるということは、もちろん具体的には同じことではないにせよ、私がインドで学び、経験してきたことでした。

(続く)

個展に向けての覚え書き2-わたしとアボリジニ

どうも考えの筋道がまとまらないので、一つ一つ書いていくことにします。

私は幼少時にオーストラリアのシドニーに住んでいて、博物館が大好きだった記憶があります。有袋類や恐竜については学校で習った記憶があるのですが、アボリジニについては博物館で学んだことが大きいような気がします。
アボリジニ・セクションはさすがに25年経って一新していたので、記憶で確認することができないのですが。ただ、日常で触れ合うことの無いアボリジニという人たちに、そして彼らのアートに、非常に憧れを持っていました。

しかし大学で再びオーストラリアに住むようになった時は、なぜか全く関わったり、調べたりということをしませんでした。これは、日本での生活を経て、多文化や多様性としてのオーストラリアに興味が集中していたからかと思います。
そしてアジア研究学部にいたので、学ぶことも、興味も、大半はアジアに関わることで、その意味ではまさしく私はホワイト・アジア(オーストラリアはそう呼ばれることもある)にいたと言えるのかもしれません。

アボリジナル・アートのポストカードを集めることだけ、何かへの抵抗のように続けていました。

(続く)

個展に向けての覚え書き1-アボリジニとドリーミング

アボリジニ、とはオーストラリア先住民のことで、その独特のアートや「ドリーミング」と呼ばれる神話群(そしてその現在と繋がり続ける感覚・価値世界)によって知られていますが、この「アボリジニ」という単語が日本では通じないということが、10歳で帰国したばかりの私には衝撃でした。

このたび3週間ほどオーストラリアに里帰りをしてきました。その隠れたテーマは「アボリジニのドリーミングを少しでも理解する」ことでした。
…隠れテーマだったのですが、キャンベラの国立博物館のアボリジニ・セクションにまるきり魅了されてからというもの、積極的なメインテーマとなり、軽く旅立った私のスーツケースは資料でズッシリ重くなりました。

二日間足を運んでじっくり堪能したこの展示は、「最新の博物館は、芸能の原点に近づくのか!」と思わしめるものでした。

アボリジニにとっての博物館の意義はかなりハッキリとしていて、放っておいては途切れてしまうかもしれないものを、継承すること。そのために、五感を使って歴史や文化の様々な側面が体験できるようになっていました。視覚や聴覚はもちろん、触覚も。触ることの力強さ。そして様々な映像。アートとの融合によって、人が歩き、動き、活動することがそのまま土地と響き合い影響をするということすら体感できる。

この展示にものすごい刺激と衝撃を受けた私は、それまでも持ち続けていた「それで、展示をすることに何の意味があるのか?」という問いにより強く向き合うことになりました。初年の展示は、それまでの画の供養という意味合いがハッキリとあったのですが、二年目からは霧に目をこらしながらの模索だったという気がします。
それで今回は、「体験する人に何も変化をもたらせないなら、展示をする意味なんて無いじゃない」というところの(ちょっと極端かもしれませんが)意識に引き寄せられました。

(遅くなったので、次に続く)

「雲の使者」7号

不定期便「雲の使者」
Tomomi Paromitaメールマガジン7号

※このメールは、これまでの私の展示や公演にいらっしゃった方や、ご縁のあった方々にお送りしています。※
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 本番が稽古の
 練習になっている
 気もする
 祭と日常の
 関係

 ただの
 鳥の模型を
 さわる
 官能
 にしびれる

 愚かさに
 納得できない
 愚かさが
 私の
 現在地

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(公演情報)

★京都イベント★
5月13日(日) 「はじめてのバウル」with矢萩多聞さん
14:30開場 / 15:00開演
京都・恵文社一乗寺コテージ http://keibunsha-store.com/
1000円(チャーイ付き)
お問い合わせ:https://cotage.sakura.ne.jp/event_form
TEL 075-711-5919
アムブックス ambooks@tamon.in
詳細【http://www.cottage-keibunsha.com/events/20180513/】
かの装丁家・矢萩多聞さんとのトークイベント。私は井生明さんの写真や、阿部櫻子さんが1月にベンガルで撮影した映像などを、エクタラと共に持参します。

★パルバティ・バウル版画展★現在開催中!
5月5日(土)~13日(日)OPEN:12:00~19:00
会場:DEEPDAN(池ノ上駅から徒歩2分、下北沢駅より徒歩 10分)
〒155-0031東京都世田谷区北沢1-32-17
▼5月12日(土)18:00~19:30「 まるごとパルバティ・バウル」
パルバティ・バウルを知る弟子や友人によるトーク&映像。
【https://www.youtube.com/user/zeewee3618/live】でライブ配信します。
詳細【http://www.deepdan.com】

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師匠パルバティ・バウルの来日公演ツアー、東京公演は完売いたしました。6月10日のWSのみ残席5ありますが、あとはキャンセル待ちの受付となっております。
本当に皆さまのおかげで…と、感謝感激の気持ちに満ち溢れているのですが、同時に、ここまで来るともはや私の意図や力や努力という範囲を超えてくるので、「なるようになっているんだなあ」とただしみじみするような、そんなちょっと不思議な感覚になってきております。
とはいえ、京都はまだまだ席に余裕がありますので、集客これからもがんばります。
また、郡上と浜松もまだ席がありますので、東京を逃してしまったという方も、よろしければ観光がてらご検討くださいませ。
詳細【https://www.echoesofbaul.info/eventschedule】

4月の半ばから、低気圧の襲来と共にそれまでの疲労がドッと出て、ダウンしたり休息を取ったり、かなりペースを落としています。
周囲でも、体調を崩している…というか、日常生活に支障をきたしている人が大勢。みなさん、どうにかこうにか生き延びましょう…。

しかし低調の時にしかできないこともあり、一つはやっぱり、色々と、見つめ直すこと。
師匠の来日がすぐそこに迫っているので、むしろその先を考えることが多くなっています。
実は、8月・9月の画の展示の予定が既に決まっております。
「表現」という言葉一つとっても、生命の讃歌として用いられることもあれば、エゴの象徴として用いられることもありますが、今までの色々な体験がようやく消化・昇華されてきて、私が求めていた「表現」にとても近いところに来ることができてきた気がします。

・・・
もう一つ。師匠パルバティ・バウルの長年の友人である阿部櫻子さんが、今回の来日ツアーを記録するドキュメンタリー製作のためのクラウドファンディングを開始しています。
【https://motion-gallery.net/projects/parvathy2018/】
「にっぽん百名山のディレクター阿部櫻子が作る
インドの吟遊詩人パルバティ・バウル来日ドキュメンタリーDVD製作プロジェクト!」

詳しいことは上記のurlをご参照いただければと思いますが…
私もよく「なぜバウルなの?」と聞かれて、だいたい煙に巻くような回答しかできないのですが、
師匠もその時々と相手によって、違った答え方をされています。
実のところ私にとっては、「ドキュメンタリーを作りたい」「映像作品を作りたい」という感覚はピンと来ないし(何しろインドに行ってもろくに写真も映像も音声も録って来ない人間なので、そういった興味が絶望的に備わっていないのですね…)、自分自身が求道の道にいますと、どうして「なぜバウルになったか」にこだわるかもよく分からないところがあります。
しかしわが母の反応などを見ていると、むしろ私の周囲におられる方々、「なんでそんな生き方をしているの?」と疑問を持たれる方々にとって興味深いものになるのかな、と感じています。

櫻子さんが1月にベンガルで撮影された映像を最近見させていただきましたが(一部は12日のイベントでも見られると思います)、自分もその場にいた光景が、こんな映像になるんだな〜ということが、新鮮で面白く、また間違いなく映像でしか伝わらないものがあると思いました。
櫻子さんの撮られる映像は、凛とした手触りです。
パルバティ・バウルという人物像に興味ある方にとっても面白いドキュメンタリーになるかと思いますので、よろしければどうぞご参加くださいませ。

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最近読んだ本

「目に見えない世界を歩く:「全盲」のフィールドワーク」広瀬浩二郎
京都の恵文社一乗寺店にご挨拶に伺った時に見つけた本で、この本を読み始めつつ翌日民族学博物館に行き「さわる展示」コーナーを経て本館常設展に行ったら、見るもの全ての触感を想像しながら歩くことになり、当然ながら閉館時間まで出て来られませんでした。視覚優位や聴覚優位ではなく、触覚が強いと公言放言している私は、全盲である著者の体験や思想に恥じ入り隠れたくなる想いでしたが、ものすごい刺激とインスピレーションをいただきました。

「魔法をかける編集」藤本智士(インプレス)
これも、恵文社書店で思いがけず散財したうちの一冊で、関東に戻り「独り舞ふ」も終え、気力の限界値にスマホを飛行機モードにして新宿の世界堂で粘土を買い込んでぐったり、喫茶さぼうるに入って紅茶を頼んだ私は、「やっと読める」と本書を開いたのですが、読みながらじゅるじゅる泣きました。

「FLOW:韓氏意拳の哲学(増補新版)」尹雄大(晶文社)
10年以上前から名前は耳にしていた韓氏意拳の本、これも恵文社書店でフラフラと手に取りました(一度の訪問で買わされすぎである)。ふだんヨガとかの「この動きはここにいい、これに効果がある」というような説明が右から左で全く頭に入らず、あらゆる定義づけに抵抗して実行委員会内でもモメること多しの私ですので、本書はタイトルにFLOWとある通り、まさに囚われず留まらず、という内容、文章、とても興味深かったです。ともすれば頭に寄り過ぎそうでありながら、中間点を行き来しているような、ゆらぎのような文章。

読み途中の本
「ラディカル・オーラル・ヒストリー:オーストラリア先住民アボリジニの歴史実践」保苅実(岩波現代文庫)
「『性霊集』抄」空海(訳:加藤精一)角川ソフィア文庫
「詩集 幸福論」若松英輔(亜紀書房)
“Nalok”Obonindronath Tagore(これはベンガル語の勉強も兼ねて…)

***

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
それでは、また!

ジョイグル

Paromita 佐藤友美

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突然のメールにびっくりされた方、いらっしゃいましたら、大変失礼いたしました。以後このような連絡がご不要でしたら、このメールに返信(文章は無くて構いません)をいただければ、今後お送りしないようにいたします。

いつかまたご縁がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。


Tomomi Paromita (佐藤友美)
http://www.tomomiparomita.com

「うたえ!エーリンナ」のこと

 二葉さんの「うたえ!エーリンナ」が先日発売されました。実はというか、私が最初に二葉さんのことを知ったのも彼女のフィクション作品を通じてだったので、当然のようにウェブ連載中から読んでいたのですが、本としてまとまって読むとまた色々感慨深かったので、少しまとめることにしました。ほとんどが連想したことで、作品そのものについてではないかもしれませんが…。

 「うたえ!エーリンナ」は古代ギリシアで、女の子が社会的に自立することができない社会の中で詩人、つまりアーティストになりたい女の子、エーリンナが主役のお話です。登場人物は皆なんというか純真で良い子たち・良い人たちばっかりで眩しいばかりなのですが、この物語を通底するものに共感して、私は読みながらよく涙腺が緩みます。全然違う物ではあるんだけど、佐藤多佳子の「黄色い目の魚」を読んだ時の「これは私の話だ!」という感覚にも近いです(また佐藤さんだ…というのは、この間二葉さんもお招きして開催したイベントが全員佐藤さんだったので…)。

 本として通して読んだ時、サッポー先生にルクミニ・デーヴィーを思い出しました。インド古典舞踊を復興した存在で、やはり彼女緒色々賛否あるところもあるのですが(元々伝えられていた舞踊の俗的な部分を削ってしまったとか、半創作だとか…)、そうしたところも含めて、情熱をもって己の信じるところを社会に認めさせてしまった、そして後進を育てる学校【カラクシェートラ】を作りそれが今に続いている、というところ、彷彿とさせるなあ、と。

 女ばっかりの弟子でわいわい教わったりしてる所は、私自身の弟子生活を思い出すところもありました。二葉さんも、ご自身の演劇学校での経験などがベースになっているのかな。よく「女の世界は怖い」なんて言うけど、私は基本的に女の輪に守られ、励まされて来た人間なので、この繋がりの感覚はすごく分かります。たとえばライバルがいて切磋琢磨したり、ということは、どちらかといえば男性との関係性にあてはまることで、そう、女同士はこんな感じ…みたいなの、作者からすれば的外れかもしれないけど、そういうところでの共感もありました。

 ちょっと関係ないけど、ふだんは日本の古代〜中世についての本を読むことが多いので、そこだと意外と日本の女性の実情としてはけっこう自立していたり強かったりした、ということがあるのですが、ギリシアではガチでこういう感じだったんだな〜そういえばインドは実際どうだったのかな〜なんて思うところもありました。私はインドの中でも、比較的女性が強かったりするケーララやベンガルにしかほとんどいない上、師匠はそれこそバウルの中でも例外的な女性であるパルバティ・バウルなので…。それでも、もし私がインドに女性として生まれていたら、ほぼ確実に国を出ているだろうとは思ったりします。

 こちらに二葉さんが出版に際して書かれた素晴らしい文章があるのですが、この中での「ただでさえ…(中略)…自分の魂の中の一番柔らかくて大事な部分を生贄として差し出して、血だらけになる感覚」というの、すごくよく分かります。そんな簡単に「わかる」と言ってしまって良いのかは分かりませんが、そうとしか言えない感覚。私もちょうどクラウドファンディングをすることになりその文章を書いたり、添削されたり、更にありたがたいことにクラウドファンディング達成してからは、翻訳作業でやはりまた、校閲・添削・修正の作業をしていく中で、本当に、自分はまな板に裸身を放り出すようにしか文章が書けないということを実感していたので…。(そして同時に、それはどうやら誰にもあてはまるものではないらしい、とようやく気づいたのでした)

 ここまで書いて、いや、二葉さんのこの文章をご紹介するだけで充分なんじゃない? と思いました。うん、本当にそうだなあ。
 というわけで、この記事を閉じます。
 「うたえ!エーリンナ」ぜひ読んでね!

「雲の使者」6号

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 虚空に語りかける
 ことを忘れた時
 詩はそっと
 私から
 離れる

 心地よい疲労は
 祝祭の証
 からっぽの頭は
 嵐に削ぎ取られた
 平原のよう

 月経の間は
 いつも酔っているようで
 歓びと諦めが
 同じ深度で
 幸せを体現する

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(公演情報)

★京都公演★
4月15日(日)14時半開場/15時〜ソロ公演「響けよからだin京都」
京都・御所南 Bonjour!現代文明[http://bongenbun.com]
前売り2500円(軽いお茶菓子つき)・当日2800円
前半公演、後半は対話の会
詳細【https://www.tomomiparomita.com/hibikeinkyoto】

4月17日(火)インド独り舞ふ2日目出演
Indian Classical Dance Solo Act 2018「インド、独り舞ふ Vol.5」
[https://hitorimau.wixsite.com/2018]
日時|4/16~18月火水の三日間 18時開場/19時開演
場所|南青山マンダラ 港区南青山3−2−2 B1
内容|インド古典舞踊のソロパフォーマンス
全席自由・御予約 3,000円|当日 3,500円(+1drink)
3夜通し 8,000(+1drink/day)

4月22日(日)「大いなる魂のうた」出版記念イベント
19:00~21:00(18時半開場) 2000円(+1ドリンク)
高円寺Grain(高円寺駅から徒歩2分)
共演:井生明、阿部櫻子
翻訳こぼれ話・裏話・懺悔?/本に出てくるバウルたちの現在の映像/本著の翻訳者でありパルバティ・バウルの弟子である佐藤友美による詩の解説と実演 など
予約:tomomi.paromita@gmail.com

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 あっという間に春が来て、散って行った…と思ったら、また寒くなりましたね。
 お手伝いしているスタジオの関係で、桜を見に日本にいらっしゃる方とよくお会いします。桜を見る人は皆幸せそう。

 少し、詩が戻って来たような感覚があります。
 引っ越し一年目にしてようやく整理がついてきた自宅でひたすら本を並べながら、自分が意外とミニマリズムに拘っていたことに気がつきました。
 当たり前のことですが、本棚が無ければ本は片付かない。私にとって、本はどうしても必要。
 それなら次の移動が面倒になっても、本棚は必要…という当たり前のことを受け容れるまでに、一年かかったらしいです(あほか)。
 今度は一人暮らし史上初めて、洗濯機を導入します。今までずっと手洗いしていたのですが、やはり日本の生活とこの激務の中ではあまりに手間がかかるので…。
 それでも、こうしたことに取り組む余裕が、ようやく出てきました。

 庭には雑草が生い茂っていて、普通の人が見たら発狂しそうですが、私は不勉強なもので、彼らがどのように育ち、どのような花を咲かせるのかが気になって、抜くことができません。菜の花は背が高く、元気です。山から飛来したのか、色々な種類の草花が棲み着いています。楽しい。それでも今年は、ドクダミはお茶にし、スベリヒユは炒めて食べます。昨年に続いて小豆も植えて、一部はまたまちかど倶楽部にあげます。楽しい。

 この頃は、仕事の仕方が分かって来たと同時に、「どうしても身体が動かない」日や時間というのができるようになりました……と書くと心配されそうですが、肌ツヤなど至って調子が良いので、やはり週に一度ぐらいはちゃんと休んで調整した方が良い、ということなのかと思います。世の共働きのお母さんやお父さんがいったいどのように生き延びているものか、全く検討がつかないと同時に、拝んで尊敬します。

 今いちばんのプロジェクトである、師匠パルバティ・バウルの来日公演ツアーですが、この頃の動きは
・日本語版「大いなる魂のうた」、仏教歌CD「チャリャー・ギーティ」無事完成
・6月5日の郡上八幡特別追加公演が決定する
・6月2日見樹院・3日京都・10日本妙院のチケット及び上記の本・CDが発売開始
・6月6日浜松市楽器博物館のチケットが発売開始
・6月9日武蔵野市民文化会館公演のチケットが完売御礼となる
・6月2日見樹院のチケットがはやくも残り40枚となる
…と目まぐるしいです。
 詳しくはクラウドファンディングの活動報告で随時更新しています。[https://camp-fire.jp/updates/45269#menu]

 特に郡上公演は土取利之さんに特別出演していただけるということで、ずっと桃山晴衣・土取利之のただのファンだった私には何だか夢のようです。
 バウルと、バウルをご支援くださる皆さまにいただいたご縁と機会に拝んでいます。

 師匠の公演ご予約の詳細は「バウルの響き」ホームページ[https://www.echouesofbaul.info]よりどうぞ。

 あ! 今週末は私の初めての京都公演がありますので、もしよろしければそちら方面のお友だちにお知らせいただければ嬉しいです。

***

 この頃読んだ/読んでいる本
「本当はこんなに面白い『おくのほそ道』」安田登(じっぴコンパクト新書)
「にんげんいっぱい うたいっぱい」桃山晴衣(工作舎)
「日本の歴史をよみなおす(全)」網野善彦(ちくま学芸文庫)
「ヴェーダからウパニシャッドへ」針貝邦生(清水書院)
「文字講話 甲骨文・金文篇」白川静(平凡社ライブラリー)
「あるがままの自分を生きていく〜インディアンの教え」松木正(大和書房)
「恋する文化人類学者」鈴木裕之(世界思想社)

 桃山晴衣さんの本は、前回記し漏らしていたのでこちらに。
 ところで私が好きな歴史学者(じゃない方がほとんどですが)は、大野晋、古田武彦、網野善彦、あと工藤隆の古事記と歌垣の話が好きで好きで好きで仕方がないです。他にも民俗学者はだいたい好き。白川静はもっと読みたい。
 特に最初に挙げたお三方、この方々の説を突き合わせると矛盾だらけになるかと思うのですが、なんというか彼らは語り部の系統であって、事実は違ったとしても彼らの語ることには何らかの真実があるような感覚があります。
 ちなみに大野晋はよく「日本語タミル語起源説」と言われますが、最後はタミル語クレオール説になっていたので、未読の方で興味ある方はぜひ岩波新書の「日本語の源流を求めて」がすごく面白いのでオススメします。

***

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
それでは、また!

ジョイグル

Paromita 佐藤友美

*-*-*-*-*-*-*

突然のメールにびっくりされた方、いらっしゃいましたら、大変失礼いたしました。以後このような連絡がご不要でしたら、このメールに返信(文章は無くて構いません)をいただければ、今後お送りしないようにいたします。

いつかまたご縁がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。


Tomomi Paromita (佐藤友美)
http://www.tomomiparomita.com

「雲の使者」5号

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(解除方法は最後に)

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 霧の中
 寄り添う
 子ヤギ
 凍える朝の
 うつつ

 瞳の奥に
 四十八億年の
 地層が見える
 生きものに
 なる

 ふつふつと
 湧き上がる
 よろこびの粒を
 駆け足に
 変えて

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(公演情報)

3月10日(土)19時開場/19時半〜ソロ公演「響けよからだ」
祖師ケ谷大蔵・カフェムリウイ 2000円+1ドリンク
詳細【https://www.tomomiparomita.com/hibikeyokarada】

4月7日(土)16時半開場/17時〜「女たちの物語り歌」
〜古代ギリシア・ブルガリア・ベンガルより〜
東中野キングスカフェ
出演:佐藤二葉、佐藤みゆき、佐藤友美(パロミタ)
詳細【https://www.tomomiparomita.com/ourstorysongs】

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関東は急に春めいて参りました。今朝は抜けるような青空が嬉しすぎて、意味も無く走り回りたくなりました。皆さまいかがお過ごしでしょうか。

11月〜1月にかけて、インドに行っていました。
今回はほとんどベンガルで、師匠のアシュラム建設もあって、土や牛糞を練って触って運んで塗り込んで…いたことばかり、覚えています。
農村の人々がしたり顔で語る事ごとを聞いていると、明治初期に五日市憲法を作ったという人々も、こんな感じだったのかしら、なんて考えたりします。
サンタール族の人々の労働技術にはすっかり感嘆するばかりで、私はおばあちゃんやおねーさんたちに何だかよく笑われていました。

今年は6月の師匠来日があるので、まず今月に彼女の本・CDの出版・発送作業があり、当然公演制作の作業もあり…と、休む間もありません。
書き出すと常に15〜20のタスク・リストがずらっと並んで、働きの中に安住することを実地で修行しているようです。
それでもけっこう楽しい毎日なのですが、どうしても必要性があって散文(つまり、いわゆるところの文章)に取り組んでいたら、どうもあんまり詩や、五行歌が書けなくなりました。
わかりやすく伝える技術は、必要です。現代のサバイバル能力です。けれども、わかりやすくあるべきというある種の正義は、現代の病であるとも感じていて、そこにくだく知性にあんまり集中しすぎたら、詩的な脳のはたらきもそちらに持っていかれ過ぎた感があります。
でもそこからまた揺り戻したり、しながら、バランスをとっていくのかもしれません。

歌う実感・身体感覚は、今回けっこう根本的なところが変わったような気がします。
うたう=落ち着く、という図式にほぼ、なってきました。
五感/六感の何が主感覚となるかは人によって違うそうですが、私はの主感覚は触覚であるといつも主張しています。
なので私にとって歌うことが何かというと、主には振動なのです。
歌う振動は、たとえて言うなら、一瞬で温泉に浸かったような感じです。

師匠の公演情報や、本・CDの情報は、クラウドファンディングの活動報告【https://camp-fire.jp/updates/45269#menu】
や、ホームページ【http://www.echoesofbaul.info/】(近々改装・再構築予定)
をチェックしていただければ幸いです。
メールでも、何か動きがある時にはお知らせさせていただきます(ご迷惑でしたら内容なしのカラ返信をいただければ、配信ストップします)。

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この頃読んで面白かった本
「退歩のススメ:失われた身体観を取り戻す」藤田一照、光岡英稔(晶文社)
「変調『日本の古典』講義:身体で読む伝統・教養・知性」内田樹、安田登(祥伝社)
「あわいの時代の『論語』:ヒューマン2.0」安田登(春秋社)
「ぼくらの仮説が世界をつくる」佐渡島庸平(ダイヤモンド社)
「教養は児童書で学べ」出口治明(光文社新書)
「インドの光:聖ラーマクリシュナの生涯」田中かん玉(中公文庫)

能楽師の安田登さんの著作にはまっています。もしも研究者を続けていたら、サンスクリットでこういうことがやりたかった。当時彼の本を読んでいたら、研究を続けていたかもしれない。でもやっぱり、そうしていたら、身体感が概念に追いつかなかったでしょうね。
読みたい本がたくさんあります。勉強することが多すぎて、とてもじゃないけど追いつきません。
「教養は児童書で学べ」は、母が図書館で借りて来たのをさっき第三章だけ読んだのですが、「アラビアン・ナイト」の紹介をするために、世界史の中のアラブ世界の影響力そして興隆・盛衰をいきいきと書いていて、たまげるほど面白いです。タイトルで引いちゃう方も、きっと楽しいと思います。

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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
それでは、また!

ジョイグル

Paromita 佐藤友美

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突然のメールにびっくりされた方、いらっしゃいましたら、大変失礼いたしました。以後このような連絡がご不要でしたら、このメールに返信(文章は無くて構いません)をいただければ、今後お送りしないようにいたします。

いつかまたご縁がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。


Tomomi Paromita (佐藤友美)
http://www.tomomiparomita.com

「雲の使者」4号

不定期便「雲の使者」
Tomomi Paromitaメールマガジン4号

※このメールは、これまでの私の展示や公演にいらっしゃった方や、ご縁のあった方々にお送りしています。※
(解除方法は最後に)

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 足の裏で
 地面を抱いて
 くちづけて
 歩むことの
 なんて難しい

 苦しむなんて
 世界への恨みごと
 吐いて
 吐いて
 捨てちまえ

 傷だらけの表皮を
 はちきらせて
 愛だとか光だとかの
 玉ねぎの芯に
 なってみたい


 昨年あたりから、大学時代の友人と会う機会が急に増えました。越境する感覚が懐かしい…卒業してから8年。高校の友人とも、卒業7年目あたりから新しい縁繋がりになりました。7年あれば細胞が入れ替わると聞いたことがありますが、やはり何かの周期なのかな、と思っています。
 数ヶ月前は「感謝の感覚ってどんなだろう」なんて言ってましたが、この頃はあまりにも多くの人々のお世話になっていて、お返しするにも追いつかなくて、感謝・恐縮・感謝・拝む・の流れがもはやデフォルトになって参りました。でも、感謝ってふつふつと嬉しい感覚ですね。

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・・今後の予定・・

■「ベンガル放浪の吟遊詩人『バウル』の魅力 」by 佐藤友美
(話と歌)
10月27日(金) 開演19:30~ 
会場:Chaabee(門前仲町)[https://www.facebook.com/Chaabee-1591663487794135/]
   江東区福住1-11-11
参加費:2000 円+1ドリンクオーダー
予約/お問い合わせ:chaabee11111@gmail.com 
メールにてお申し込み頂き、chaabee からの返信メールを持ってご予約とさせて頂きます。
(当日予約なしも大丈夫とのことです)

また、師匠の若かりし画も一部展示されている、阿部櫻子写真展の会期も今週末まで開催中です。
■「ベンガル 巡る時」阿部櫻子写真展
10月19日(木)〜27日(金)12:00-19:00 ★29日(日)まで延長★
ギャラリーDeepdan (池ノ上)  
ベンガルの辻々に生きる人たち。彼ら、彼女らはベンガルを支えるとってもいいほど、村々で生きる人々の人生を深いところで支えていました。これまで公開していなかった90年代のベンガルの写真を初公開します。

■11月初旬〜1月下旬までインドに行って参ります。

・・

 パルバティ・バウル著「Song of the Great Soul(大いなる魂のうた)」日本語版制作のためのクラウドファンディング、おかげさまで当初の目標額は無事達成、制作できることが確定しております。ご支援いただきました皆様、応援いただきました皆様、ありがとうございました!

 現在は、ストレッチゴールとして、パルバティ・バウルの歌う8世紀の仏教遊行者の詩をCD化することを目標にしております…これも、本当におかげさまで、あと一息です。…と書いている間に、なんと到達してしまいました! 皆様本当にありがとうございます!

 残り5日間となりましたが、まだ10月30日までクラウドファンディング開催しております。正直なところ、到達してもギリギリのところでやっているというのが実情なので、最後まで駆け抜けます。

 まだご覧になっていない方も、ぜひ一度チェックしていただければと思います。

>>【https://camp-fire.jp/projects/view/45269】

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 ところで、最近書いたバウルについての文章が、今までの中だと一番しっくり来る形でまとまったなと思うので、ここにも掲載してみます。


 バウルが歌うのは、いつも「内側」の物語です。天国も地獄も楽園も、神々も悪魔も、全ては自分自身の内側にしか無い、とバウルは言います。

 インドの西ベンガル州と、バングラデシュをまたがる地域を中心に、バウルは修行歌を歌いながら托鉢をし、旅をしながら生活していた人々です。踊りながら歌うその様子が印象的なことから、「放浪の吟遊詩人」と呼ばれることが多いのですが、厳密には彼らは修行者であり、その歌は彼らの哲学や教えそのものです。

 血筋ではなくあくまで師弟相伝によって受け継がれているこの伝統のルーツには、仏教もあり、スーフィー(イスラーム神秘主義)もあり、ヒンドゥーの様々な流派もあり…そもそもが神仏習合のように、異なる「宗教」がまざりあい隣り合って存在していたベンガル世界ですが、その中でもとりわけ宗教やカーストにとらわれない存在がバウルです。

 神々のことを歌いながらも、バウルがけしてそこ(形象としての神々)に囚われてはいないということは、いくつかの詩をお読みいただければ分かると思います。神々はある意味では、人の内側にある神秘に、象徴として形を与えているに過ぎないのです……しかし理性的にそう考えるだけの者の許には、きっと真理のまぶたは開かれないのでしょう。

 バウルの弟子になってから4年が過ぎ、ようやく「歌を生きる」ということの片鱗が見えて来た気がしています。その歌に想いを馳せ、歌っているうちに、ある時ふいに、歌が腑に落ちることもあります。

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最近読んだ本

—「魂にメスはいらない」河合隼雄・谷川俊太郎(講談社+α文庫)

河合隼雄とその著作は十代の私にとってとても大きな存在で、亡くなられた時はけっこうショックを受けました。「谷川俊太郎、ともだち河合隼雄を語る」主旨の会に出向いて、二人とものサインが入った本を目当てに購入し、しばらくバイブルのように持ち歩いて読みました。今は我が家のバイブル棚に鎮座しています。

—「自閉症スペクトラム 10人に1人が抱える『生きづらさ』の招待」本田秀夫(SB新書)

やっと自分の種族名が分かりました。ということで、噛み締めるように読みました。去年、こんな歌を書いていました。「病名をいつも/探している/托卵の成鳥/砂漠の魚/赤い鼻のトナカイ」見つかって良かったね。

—「ヒロインの旅」モーリーン・マードック(フィルムアート社)

まだ読み途中ですが、良い本です。女性性や女神といった課題に沈み込んでいる友人に、戸惑う部分もあったのですが、これを読みながら色々、納得がいっています。それに、ここしばらくの自分の変遷にダイレクトに響き、繋がるものも見つけています。ユング自体は読んだことが無いのですが、ユング派の方の書かれた本に行き着くことは多いです。

 とにかく忙しい数ヶ月だったので、他にもちょこちょこ読んでいた本はあるはずなのですが、印象に残ったのはこのようなラインナップとなりました。

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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
それでは、また!

ジョイグル

Paromita 佐藤友美

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突然のメールにびっくりされた方、いらっしゃいましたら、大変失礼いたしました。以後このような連絡がご不要でしたら、このメールに返信(文章は無くて構いません)をいただければ、今後お送りしないようにいたします。

いつかまたご縁がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。


Tomomi Paromita (佐藤友美)
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