あまりにも疲れている事に慣れきっていた

 ここ数週間というもの、発見に継ぐ発見である。とあるキッカケがあって、内観と言うのか、自分というもの、感情の海の中にズブズブと、とにかく奥へと奥へと潜っていっている。

  その詳細をここで書くことはしないけど、とにかくここに来て発見したことは、私はあまりにも疲れている事に慣れすぎていた、ということ。
  それは、たとえば今、繕い物として刺し子もどきをしたりだとか、麻紐を組んだり、パッと画を描き出したり、サッと料理をしてみたり、そんな事が当たり前にできるようになって、やっと気付いたこと。
  昨年までは、このそれぞれが大仕事だった。

  今、とにかく、作りたい。物作りをしていたい。
  その欲求はずっとあったけれども、たとえば展示をするという名目を作ることで、かろうじて行動として保っていた。しかし実のところ、ギリギリの生命線を引いていたのかもしれない。
  もう何年も、こんな状態、こんなコンディションになっていなかった。
  元々、何の目的が無くても描いていたし、作っていた。そんな気力すら無くなっていたのか。

  色々な感情の仕分けをして、ようやく負担が減ったのか、私という存在の核が息を吹き返した気がしている。
  ようやく、この状態を、環境を自分に許したのだろうか。

  目が覚めるって、きっとこういう事を言う。

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