最上和子さんのお稽古

少し前に原初舞踏の最上和子さんのお稽古場に参加して来まして、できればまた体験したいなと思っています。今まで個人的に感想をお送りする以外には語って来なかったのですが、一度文章にしてまとめてみようかと思いました。

なぜ語らなかったと言うと、主には、私は舞踏を全く知らないんです。最上さんと押井守監督の共著「身体のリアル」を読んでとても感銘を受けるまで、興味を持ったこともありませんでした。そんな人間が見当違いに物を語ってよいものか?(余談ですが、私は押井監督の作品を一つも観た事がありません…すみません)

インターネットで見られる動画を色々観てみましたが、大野一雄さんが燦然と凄いという事以外はやはり、よく分からなかった。なぜ白塗りなのかも気になっています。仮面のようなものかとも思いましたが、公式の説明がある訳でも無いらしい。ごく正直でありきたりの感想として、大野さんでも素顔の踊りの方が美しいと思ってしまうので…。動画で伝わらないものが大きいのだとは思いますが。

ですが知らないなりに、舞踏は何であれ哲学的・思想的な行いであるというイメージがあるとは理解していて、既にバウルの道にある私が「舞踏」の稽古を体験した、と口にするだけでも様々に勝手な意味づけや理解をされるだろうという事も容易に想像がついたので、正直扱いが難しいという事もありました。

ですが、最上さんのお稽古を体験して私が得たもの、そして今も育ち続けている体感はとても大きいのです。

バウルの歌舞で、私の舞踊を探す上で、鍵になるようなものをいただいたと思っています。

バウルの踊りは、基本になるステップなどいくつかの要素はありますが、あくまで自分で見つけていくべきものです(流派によってはステップすらありません)。私の場合はこの、日本人の身体が生きる動きを見つけなさいと言われて里神楽の舞を学び、多少なりとも動けるようにはなったのですが、自分の舞踊としていくには何か、何か足りないものがあって空を掴むような気がしていました。

私は武術のお稽古にも折にふれて参加していて(どちらかといえばそちらの方がバックグラウンドだったので…今となっては痛い事や筋力本位な動きは大嫌いなのですが)身体の自然な動き、認識についての理解を少しずつ深めてきましたが、それを舞踊に活かしきるには、今一歩何かが足りていませんでした。

パルバティ師匠の言葉に、「なぜ踊るのかを分かっていないといけない」というのがあって、この「分かる」は知識的なものではもちろん無くて、体験的、根源的な「分かる」です。分かっている人、いない人の動きは、見れば違いが分かります。でも、自分自身が分かっているかというのはもちろん、別の話です。

最上さんのお稽古は、ご自身でおっしゃるように、「踊る前の問題」「踊るための身体の問題」に取り組むものです…(具体的な言葉が違っていたらごめんなさい)中々踊るまでいかないともおっしゃっていましたが、それはもしかしたら、「踊る」という言葉の現代の定義が、あまりにも狭くあるいは広く、不十分なものであるということなのかもしれません。

再び私自身の来歴の話をしますが、私は元々、ダンスには全く興味がありませんでした。学校の創作ダンスは大の苦手でした。…興味が無かった、というのはたぶん語弊があって、自由に動くという事への欲求はありました。ただ、ダンスという形、学ばれ方、そういったものには違和感があって、それが自分がやりたい事だとは思わなかった。

ちなみに、ヨガも相当、興味が無かったんです…バウルをやっていなければ、今もヨガはやらないままだったでしょう。身体への取り組みとしては、武術が私にはしっくり来ました。高校生以来、数年間は腰痛に悩まされていた事もあり、歩き方はずっと研究していたのです。

歌をやるようになったのは、サンスクリット詩の詠唱がきっかけでした(大学の専攻がサンスクリット語だったので)。元々、詩はどこでも歌われるものでしたが、識字社会では紙の上のものになってしまった。だから歌は私にとって、言葉と身体の問題でした。

バウルは、歌い奏で、舞う事を全て同時にします…そして私は、本当に身体の自由を追求するなら、自然と舞踊にぶち当たらざるをえないことを知ります。なぜバウルなのか? 自由になりたいからです。自由になるために、敢えて道に縛られるのです。そして自由になるならば、身体が自由になるためには、舞踊が自然と浮かび上がってきます。

最上さんのお稽古は、あくまで私のつたない理解ですが、重力の存在をそのままに認識すること。感覚を密に繊細にしていくこと。そうした認識=世界とのコミュニケーションを動きに変換・反映していくこと。身体全体と神経がそのまま、ただそのものであるようになること。

それは、概念として望んでも中々触れられる領域ではありませんが、最上さんのお稽古はほとんど、ここに直に触れるためのフレームワークしか無いように感じます。フレームワークと言っても、型がある訳ではなく、うーんうまく言えないのですが。

床の感触が変わるという体感。先日は身体が薔薇になる数瞬がありました。世界の認識…体験が変わる。最上さんがよく書かれる「オジサンでも、オジサンがすごく美しくなる」というのも、観てみて初めて納得しました。

だからと言うのか、最上さんが公演に興味が無くなった、しない事にした時期があったというのは、すごく納得したのでした。稽古自体がすごく美しく神聖であるけれど、これを人に見せる形に、舞台という形にするにはたしかに、とても難しいでしょう。何代もかけて儀式の様式を成立させて、更にそれを舞台に持ってくるというプロセスを一代でやる…ようなもの、というのか。

最上さんは舞踏から出発されて、原初舞踏という名で舞踏として追究されているけれど、門外漢である私の無責任な感想としては、舞踏であれ踊りであれ、そうした分類には最上さんの取り組みは当てはまらないという気がします。新しい言葉や語彙が必要な気がする。舞台である必要も無いのかもしれないけれど、他に良い舞台(?)というのも今のところ、思いつく訳ではないのですが。私自身、バウルを日本語でやるには一から語彙を築かなければいけないと思っていますが、似たような部分があるかもしれません。

「舞踏」も「踊り」も、少なくとも現代の、一般的な使われ方からすると、最上さんの仕事をあらわすのにはあまりにも足りないように思えます。

それから…たとえばインドでは、音楽であれ舞踊であれ、そこに神なるものが宿らなければ本物ではない、というのは、いわば常識なんです。もちろん、皆がそれを判断できる、観る目があるという訳ではありませんが。西洋でも、そういった「東洋」への、オリエンタリズム混じりだとしても、一定の憧れや尊敬があります。(そういった点で、日本の社会は一周まわって物凄く遅れている、と個人的には思っています)

インドであれば、仮に一般的にはウケず、知られていなくても、ごく限られた人々には非常に尊敬されたり、より本質的な事が評価される土壌がある。(現代世界では経済的に困窮している場合もある事は一方で事実です)

けれど日本では、あまりにもそうしたことと「常識」「普通」が乖離してしまって、それらしき言葉が使われても、どうしても上滑りしたり、ただの非現実的なファンタジーや、あるいは嘲笑の対象として、でなければマーケティングや消費…になりがちです。

そんな中でも最上さんのお稽古がこのように確立されてきたという事は、私たちにとってとても幸運な事だと思います。そして同時に、この幸運がただそこで留まらずに、繋がれていくことを願います。

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