疲労と身体と、展示の今後について。

 稽古の時すなわち身体に取り組んでいる時、そして歌舞の間は、ふしぎな程からだの限界が無く、疲労もありません。しかしそれ以外の時間、歌舞も終わって1、2時間もすると、一気に疲労感が襲ってきます。襲って来るというか、戻って来るのです。

 6月の師匠の日本ツアーの後、すぐにオーストラリアに行き、3週間を過ごしました。そこで充分に休暇を取ったつもりでいましたし、その後展示の準備で家に籠っている時は、猛暑に遭遇したこともあり、恒常的な疲労感、倦怠感には気がつかずにいられました。とにかく、全ては猛暑の影響だと思っていたので。けれども展示が始まって、稽古の時間が充分取れていないとか、実家に泊まっていて自宅ほどは心身安まらないとか、そういう要素があるにしても、それにしてもこの疲労感はちょっと違うのではないかと、思い始めました。

 私は昔から「普通にできない」ということのコンプレックスもあって、十代の後半からつい最近まで、「現実面をこなすこと」つまり仕事をして稼ぐことですが、に価値を置いてきました。今年の師匠ツアーの話が持ち上がって来てからはそれを返上してツアーに注力してきたとはいえ、そこにも社会貢献の意識、社会から見て重要な仕事をやっているという意識がありました。

 でも結局今、特にこのツアー準備の仕事を通して直面したのは、私の特性はむしろ、とことんそれに向いていない、ということです。こなすことはできるし、誰もが言う「それでも皆耐えて働いている」の価値観に従って「そうは言っても…」と思ってしまうのですが、しかしやっぱり、これは違う。昨年の一番大変な時に完全な鬱状態に陥った時は明確なストレス源があったし、それは克服したと思っていたのですが、今またこの状態に陥っているということは、もっと根本的なところの掛け違いがあるのだと考えざるをえません。

 昨日は午後になってふと思い立って、今日は展示会場が休みということもあり、一週間以上ぶりに帰宅しました。しかし思いつきだったので自転車の鍵は実家に置きっぱなしで、30分以上の道のりを、今ちょうど歩き方に取り組んでいるので、ゆっくりと歩いて帰りました。今日は同じ道のりを出てきました。蝉の声、川の音、鳥の声、国道(県道?)なので車の音、それから時折電車の音。緑の濃い空気の中を歩きながら、ふと、このように色々考えている雑念が無ければ、私は既に一線を越えているな、と「気づきました」。

 今の状態は、数年前に恐怖した、頭の中に狂気の塊があって、ふとそれが破裂したら本当に狂ってしまうんじゃないかというような、そうした状態とは違うなと思う。どちらかというと、その膿みのような塊の破裂はとっくに通り越してしまって、その後の世界で、しかし人としての生活を保たせるためにこちら側に引っ掛けているような感覚。理性はそれを冷静に観察しながらコントロールしていて、知性が「どちらがベターだろうか?」と考察しているような状態。

 私は鬱でも狂気でも、あと一歩というところでそこには落ちられないのだなとずっと思っていたのですが、なんというか最近は、落ちない分たちが悪いんだなと思うようになりました。ギリギリのところで落ちない分、少しずつずぶずぶと進んでいって、変に行き来の仕方を覚えてしまったような。

 少し前に決めたことは、今はとにかく本気で取り組んで、本当にお財布がスッカラカンになったら就職でもしたらいいや、というものでしたが、今考えていることは、それはそれで、実はお行儀が良すぎるんじゃないか、ということ。

 「修行を続けたい」と口にした時、人の耳にどう聞こえるのか、よく分かりません。それは単に、追究したいものがあるということで、そしてそれは、片手間にできることではない、ということです。なので修行の範囲内でそのまま行える経済活動ができるようになるのが理想…と思い、そのように口にしてきましたが、今はそもそもそれが可能なのか? というところを疑い始めています。

 今回の展示は、出来としては今までで一番満足していると同時に、結局この程度のことしかできないのかという、ある種の挫折も味わっていて、何となく、次の9月のゴンド画との合同展が終わったら、展示活動はいったん休止としようかなあと考え始めています。画自体は、それでしか記録できないものがあるので続けたいし、それを可能にするだけの手を、この四年間の展示活動とそのための制作を通して取り戻したと思っています。…展示を始めるまでは、長いブランクのせいで、画を描く手がもう本当に、弱くなってしまっていたのです。

 私自身は、ただ一枚の画を見るだけでも、ものすごい活動になるのですが、そうした「見る力」は、多くの人にあるものではないとも今はよく分かっています。(それでも様々な博物館や美術館の展示が、あれほど人気があるのはどうしてなのか? というのは、私にとってのミステリーの一つです。単純な答えは、それだけ一般にも力が感じられるほどの名作だから、ということになるのでしょうが)。そうだとすると、私が実現したい体験は、こうした形での展示とは違うのかもしれない。本当は、少なくとも継続として35歳までは続ける気でいたのですが。

 19日の会でもちょろっと言いましたが、「なぜバウルの道に入ったのか」を考えていった時に、そうかこういうことだったのかも、と最近気づいたことがあります。日本には戻らないつもりで出た先のオーストラリアで、疲れきって日本に戻ってみたけどまた疲れてどんどん身体も弱って行き、インドのケーララに就職してみたけどそこまでいって、
 「人間はどこも変わらない、保守的で差別主義者。この世はどこも地獄だ」
って当時はどこまで考えていませんでしたが、そういう実感があって、そういう時にバウルと出会って、何か光明を見たという、そういうことなんだろうな、と。私がやっていることは全て、その実感が出発点になっているように思います。その上で生きるならどうするのか、ということ。

 ちょっと、あまりにも疲労感が抜けないので、つらつらと考えていることを綴ってみました。久しぶりに。書いているうちに、あっちゃこっちゃいって全然まとまらなくなってしまいましたが、とりあえずそのまま上げてみます。

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