個展総括、描く理由

 遅くなりましたが、おかげさまで無事に終了いたしました個展の、総括。
 写真は、最終日最終時間にいらしてくださり撤収作業を手伝って下さった櫻子さんの、「友美さんって時々こんな感じだよね(かわいく言うと)」という差し入れクッキー箱と、撤収翌日立ち寄った武田画伯の個展で、数ヶ月越しに引き取って来た画。

 今回は「生活の中に生きる画」というのがコンセプトとしてあって、それは普通に成し遂げられたというか、それはそれとして成功したかと思っています。
 でもその分、期間中は今後についてずいぶん考えました。猛暑と台風に重なって、あまり頭脳労働ができずにボーッとしていたから、ということもあります。

 来場される方の層が今までとは少し違って、私自身の変化を感じました。

 それで、展示をしばらくやめようかなあとも考えたのですが、その矢先にやってみたい展示のイメージが浮かび、その実現がいつになるかは分からないけれども(これをやるにはある程度の広さと知名度がいる)、画の活動としてはそれを念頭にやっていきたいと今は思っています。
 今いちばん考えていることは、実は仕事とお金を稼ぐことは本質としては違うことなのではないか、ということで、それで言えば私は画を見せる、そして画を売るということよりも、画を使って実現する空間づくり、場や体験を作るという事の方に興味があるようです。
 画は売れればそれはもちろん効率が良いし、次に新しい事がやりやすいわけですが、実際のところはただそれだけの話なんだということが、分かるまでに四年かかりました。
 とはいえ、これまでのように最初から最後まで一人でまかなうことはもう限界かな、というところで、やっぱり今回で一区切りという事にはなりそうです。
 それはどういう事かというと、たとえば搬入も基本的には一人でやってきたのですが、今までそれに疑問も持たなかったという事です。だから次からは、色々な意味で違う「存在」の展示になると思います。

 「なぜ描くか」というところで、たとえば私たちは体験を、脳から脳に転写する事はできないわけです(できる人もいるかもしれないけど)。見える世界は一人一人違う。私の場合は常に身体に取り組んでいるから、生きる実感や様々な感覚、認知が事実として日々刻々と鮮やかに変化しています。その一部を五行歌に詠んだりもするけれども、言葉ではどうしてもまかなえない事もあって、けれども記録していかないと消えてしまうし、共有することができない。
 時々私の文章について、「思っていたけど言葉にならなかった事が書いてあった」と言われます。私が発信する事が誰かの救いになることがある、ということは、なぜか小さな頃から揺らがずに確信していたことでした。
 だから記録していくこと、共有していくことは私にとって、まぎれもない「仕事」なのです。
 だから画を描くし、それをどう媒体として出すか(=展示・発表するか)が問題になります。

 それはそれとして、次はゴンド画との合同展が9月13日〜18日にあります。
 今回あえてはじいた、インド系の新旧の画を持って行きます。15日には無料ライブもあります。
https://www.facebook.com/events/656481798070151
 よろしければおいでくださいね。

 どうもありがとうございました。

 ジョイグル
 パロミタ友美

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疲労と身体と、展示の今後について。

 稽古の時すなわち身体に取り組んでいる時、そして歌舞の間は、ふしぎな程からだの限界が無く、疲労もありません。しかしそれ以外の時間、歌舞も終わって1、2時間もすると、一気に疲労感が襲ってきます。襲って来るというか、戻って来るのです。

 6月の師匠の日本ツアーの後、すぐにオーストラリアに行き、3週間を過ごしました。そこで充分に休暇を取ったつもりでいましたし、その後展示の準備で家に籠っている時は、猛暑に遭遇したこともあり、恒常的な疲労感、倦怠感には気がつかずにいられました。とにかく、全ては猛暑の影響だと思っていたので。けれども展示が始まって、稽古の時間が充分取れていないとか、実家に泊まっていて自宅ほどは心身安まらないとか、そういう要素があるにしても、それにしてもこの疲労感はちょっと違うのではないかと、思い始めました。

 私は昔から「普通にできない」ということのコンプレックスもあって、十代の後半からつい最近まで、「現実面をこなすこと」つまり仕事をして稼ぐことですが、に価値を置いてきました。今年の師匠ツアーの話が持ち上がって来てからはそれを返上してツアーに注力してきたとはいえ、そこにも社会貢献の意識、社会から見て重要な仕事をやっているという意識がありました。

 でも結局今、特にこのツアー準備の仕事を通して直面したのは、私の特性はむしろ、とことんそれに向いていない、ということです。こなすことはできるし、誰もが言う「それでも皆耐えて働いている」の価値観に従って「そうは言っても…」と思ってしまうのですが、しかしやっぱり、これは違う。昨年の一番大変な時に完全な鬱状態に陥った時は明確なストレス源があったし、それは克服したと思っていたのですが、今またこの状態に陥っているということは、もっと根本的なところの掛け違いがあるのだと考えざるをえません。

 昨日は午後になってふと思い立って、今日は展示会場が休みということもあり、一週間以上ぶりに帰宅しました。しかし思いつきだったので自転車の鍵は実家に置きっぱなしで、30分以上の道のりを、今ちょうど歩き方に取り組んでいるので、ゆっくりと歩いて帰りました。今日は同じ道のりを出てきました。蝉の声、川の音、鳥の声、国道(県道?)なので車の音、それから時折電車の音。緑の濃い空気の中を歩きながら、ふと、このように色々考えている雑念が無ければ、私は既に一線を越えているな、と「気づきました」。

 今の状態は、数年前に恐怖した、頭の中に狂気の塊があって、ふとそれが破裂したら本当に狂ってしまうんじゃないかというような、そうした状態とは違うなと思う。どちらかというと、その膿みのような塊の破裂はとっくに通り越してしまって、その後の世界で、しかし人としての生活を保たせるためにこちら側に引っ掛けているような感覚。理性はそれを冷静に観察しながらコントロールしていて、知性が「どちらがベターだろうか?」と考察しているような状態。

 私は鬱でも狂気でも、あと一歩というところでそこには落ちられないのだなとずっと思っていたのですが、なんというか最近は、落ちない分たちが悪いんだなと思うようになりました。ギリギリのところで落ちない分、少しずつずぶずぶと進んでいって、変に行き来の仕方を覚えてしまったような。

 少し前に決めたことは、今はとにかく本気で取り組んで、本当にお財布がスッカラカンになったら就職でもしたらいいや、というものでしたが、今考えていることは、それはそれで、実はお行儀が良すぎるんじゃないか、ということ。

 「修行を続けたい」と口にした時、人の耳にどう聞こえるのか、よく分かりません。それは単に、追究したいものがあるということで、そしてそれは、片手間にできることではない、ということです。なので修行の範囲内でそのまま行える経済活動ができるようになるのが理想…と思い、そのように口にしてきましたが、今はそもそもそれが可能なのか? というところを疑い始めています。

 今回の展示は、出来としては今までで一番満足していると同時に、結局この程度のことしかできないのかという、ある種の挫折も味わっていて、何となく、次の9月のゴンド画との合同展が終わったら、展示活動はいったん休止としようかなあと考え始めています。画自体は、それでしか記録できないものがあるので続けたいし、それを可能にするだけの手を、この四年間の展示活動とそのための制作を通して取り戻したと思っています。…展示を始めるまでは、長いブランクのせいで、画を描く手がもう本当に、弱くなってしまっていたのです。

 私自身は、ただ一枚の画を見るだけでも、ものすごい活動になるのですが、そうした「見る力」は、多くの人にあるものではないとも今はよく分かっています。(それでも様々な博物館や美術館の展示が、あれほど人気があるのはどうしてなのか? というのは、私にとってのミステリーの一つです。単純な答えは、それだけ一般にも力が感じられるほどの名作だから、ということになるのでしょうが)。そうだとすると、私が実現したい体験は、こうした形での展示とは違うのかもしれない。本当は、少なくとも継続として35歳までは続ける気でいたのですが。

 19日の会でもちょろっと言いましたが、「なぜバウルの道に入ったのか」を考えていった時に、そうかこういうことだったのかも、と最近気づいたことがあります。日本には戻らないつもりで出た先のオーストラリアで、疲れきって日本に戻ってみたけどまた疲れてどんどん身体も弱って行き、インドのケーララに就職してみたけどそこまでいって、
 「人間はどこも変わらない、保守的で差別主義者。この世はどこも地獄だ」
って当時はどこまで考えていませんでしたが、そういう実感があって、そういう時にバウルと出会って、何か光明を見たという、そういうことなんだろうな、と。私がやっていることは全て、その実感が出発点になっているように思います。その上で生きるならどうするのか、ということ。

 ちょっと、あまりにも疲労感が抜けないので、つらつらと考えていることを綴ってみました。久しぶりに。書いているうちに、あっちゃこっちゃいって全然まとまらなくなってしまいましたが、とりあえずそのまま上げてみます。

雲の使者8号

不定期便「雲の使者」
Tomomi Paromitaメールマガジン8号

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 雪原のような
 雲は海上に
 氷像のジオラマを
 作り続ける
 誰も見ずとも

 うたうたう人の
 連帯は
 みんなでマニ車を
 回しているような
 気持ち

 本当の
 博物館は
 芸能に近づく
 全ては
 原点へ

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(展示・公演情報)

★8月14日(火)〜28日(火)10:00〜25:00・水曜定休
佐藤友美パロミタ個展「はらみつ展2018 愛のかたち」
(作家は10:00〜19:00まで在廊)
※カフェでの開催のため、ワンドリンクのオーダーをお願いいたします。
会場:kitaike-gallery Portfolio(東京・北池袋)
[http://kitaike-gallery.com/]

・8月19日(日)14時〜17時は
「バウルのうたと対話の会」二弦の会をやります。二弦という名を持つ四弦の楽器ドタラに、現在集中的に取り組んでいるので、その中間報告のような内容です。私のバウルのうたの現在地をなぞります。
ワンドリンク+投げ銭。予約不要。

・8月26日(日)14時〜17時は
「バウルのうたと対話の会」一弦の会をやります。吟遊詩人と呼ばれる行者の修行に取り組む、舞い歌うとはどういうことなのか? 私のバウルのうたの現在地をなぞります。
ワンドリンク+投げ銭。予約不要。

★9月13日(水)〜18日(火) 「ドリーミング・インディア」
Touch the Gondとのコラボレーション展示
at ギャラリー・スペースM(埼玉・志木)
[http://seseragi.michikusa.jp/gallery_space_m.html]

・9月15日(土)18時より、入場無料のバウルコンサートがあります。

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ジョイグル、ご無沙汰しております。
おかげさまで無事に6月の師匠来日ツアーを終え、しばしオーストラリアへの里帰りをしておりました…。
で、今週から既に北池袋での個展が始まっております。
今回の展示はインド要素をおさえめに2週間続きます。今までとは意識をかなり変えて企画しました。
9月の合同展はインドテーマです。

このメールマガジンは、つい途切れがちなメール返信や、連絡を補う意味でもお送りしております。
メールの返信が滞っている皆さまは大変申し訳ございません。(もし重要な案件で途切れているものがあれば本当にすみませんがリマインダーをお願いします…)

8年振りのオーストラリア、懐かしい人々にも会え、楽しかったです。
今回は、学生当時は距離を置いていた先住民アボリジニ関係のことについて、きちんと知りたいなと思って行きまして、スカスカで行ったスーツケースを資料で重量制限ギリギリにして帰ってきました。
中でも、キャンベラのオーストラリア国立博物館のアボリジニ関係の展示が圧巻で、ものすごい衝撃とインスピレーションを受けてきました。
しばらくは、ドリーミングやソングラインのことしか頭になかったというぐらい。土地と人、伝統と継承について頭の中がぐるぐると回っていました。
この出会いは今回の個展、そしてこれからの全ての活動に反映されていくことでしょう。

帰国してからは、うたや楽器、そして舞いに取り組む時間がようやく、ちゃんと確保できるようになりました。
これまでとは、あらゆることへの臨み方が変化していくように感じています。
まずは、常に動きの意識が途切れないということに取り組んでいます。

また、師匠のエクタラ・カラリのニュースレター「Sahaj Madhuri」の6号にに桃山晴衣についてと日本ツアーについて寄稿しました。
[http://ekatharakalari.org/category/sahaj-madhuri-vol-6/]
今号は女性行者の特集で読み応えがあるので、英語が大丈夫な方はぜひご一読くださいませ。

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最近読んだ本

「感じて、ゆるす仏教」藤田一照、魚川佑司(角川書店)
「悟らなくたって、いいじゃないか」プラユキ・ナラテボー、魚川佑司(幻冬舎新書)
「許す:読むだけで心が晴れる仏教法話」ウ・ジョーティカ、魚川佑司訳(新潮社)
最初の対談を読んで、どうもこの魚川さんという方が面白いと思って残りの二冊にも手を出しました。対談本はどうしても、お互いがお互いの話を自分の理解に引き寄せながら、多少は噛み合っていなくてもやり過ごしてそれぞれ持論を展開していく、ということが多いなあと感じます。が、この方はそういう齟齬を全然許さない、切り込む切り込む。そのまっすぐさと、それを受けとめるそれぞれ高僧の器と、そこに生じるテンションもそのまま収録してある対話がとても面白かった。そして、おかげさまでボンヤリしていた仏教の分布図?みたいなのが何となく分かりました。

「神様の住所」九螺ささら(朝日出版者)
本屋で手に取って、手放せなくなってレジに行くはめになった、歌集+α。
現代詩も短歌も、私は読めない(=読んでも頭に入って来ない)ものが多いのですが、この人の歌は意味が分からないことも多々あるのに、それなのにスーッと入って来て出て行ってくれない。すごい人。

「阿修羅のジュエリー」鶴岡真弓(イースト・プレス)
ケルト学の第一人者、鶴岡真弓の講座に出てからどうしても気になって取り寄せたもの。興福寺の阿修羅像を手がかりに、アジアの東端からヨーロッパの西の果てまで、地平も時空も超えためくるめくイメージの連想と連環の旅へ出発…という趣。鶴岡先生の文章は、正直なところけして読みやすくはなくて、彼女の口調と結びつけながら読み進めています。なので、喋りの速さでしか進まず、私にしてはゆっくり読んでいます(今まで読み終えたことがない「ケルト/装飾的思考」もこのやり方なら読めるかしら…)。鶴岡先生はインド方面は弱いなと感じていて、なので他の地域に関してもそういう部分はあるのかもしれません。それでも、様々な情報を有機的に繋げて星空を織り上げるような世界観に魅せられずにはいられず、私はどうしてもそのような学者に惹かれてしまいます。

「日本人の身体」安田登(ちくま新書)
「日本人の〜」というタイトルのアレルギーなので読んでいなかったのですが、うっかり手に取ったら面白かったので、今更ながらの読了。すごく面白いです。安田登さんは、日本とそれ以外を差別することなく(古典ギリシア語やヘブライ語まで学びながら)、その上で甲骨文字や漢籍、能楽の深い知識を元に語られるので、安心してその思考の海を漂うことができます。

“Songlines: tracking the Seven Sisters” (National Museum of Australia)
私が今回キャンベラで衝撃を受けて恋に落ちたオーストラリア国立博物館のアボリジニ展示…の前身におそらくなった、2017年秋〜2018年初頭にかけて開催されていた展示の記録の本。厚さが2cmぐらいあって重い。しかし凄いです。ほんとに凄い。

“Aboriginal Australians: first nations of an ancisnt continent” Stephen Muecke and Adam Shoemaker (Thames & Husdon)
アボリジニの基本的な歴史や概要が知りたくて良い本を探していたのですが、これがすごく良かった。意外と、コンパクトで分かりやすいものが無くて。シドニーの博物館ショップで見つけたのかな。B6サイズで持ち運んで読んでいました。良い本。

***

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
それでは、また!

ジョイグル

Paromita 佐藤友美

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個展に向けての覚え書き4―共有すべきもの

少し話を戻します。継承のための展示と、芸能の原点ということ。これは、つまりコミュニケーションということに尽きるのかもしれません。
コミュニケーションと言えば、私が最も苦手とするものの一つです。10代の半ばからは、会話によるコミュニケーションや、そして大学に入ってからは特に論理や文章によるコミュニケーションに取り組んで来て、ある程度できるようになった気がしていましたが、このところ直面せざるをえなかったことは、このどれも、私は「できなくはない」という程度でしかない、ということです。

そしてだからこそ、詩や、画の重要性が増してきましたーー話し言葉や論理よりもよほど雄弁に、そして的確に…つまり相対的にはより正確に、私の伝えたいことを語ってくれる(そのポテンシャルを有している)。

芸能の原点は、自然や神(そしてもしかしたら、己)とのコミュニケーションであったり、あるいは何かしらの智慧や知識の継承だと考えます。
ドリーミングでも多くの芸能でも、語ることすなわち、歴史…共同体の歴史と切り離すことができないものが多い。

それでは私が共有したいもの、共有すべきものは何か? と考えた時、私自身の歴史である、と思いました。
ただし、それは物語ではありません。時系列の認識や記憶感覚というものが、私の意識にはあまり無いのです。だから、「もの語り」ではあっても、いわゆるストーリーではありません。
私がしたい(あるいは、すべき)なのはむしろ感覚の共有という、見ようによっては不可能なものであって、そのために必要性があって、可能であればストーリー的な語り方=そうした解きほぐし方もするかもしれない。
その感覚というのも多くは、私がこれまでの歩みの中で、様々な他者から受け取り、あえてこういう言い方をしてみますが、「内面の庭に植えて、育てて来た」ものです。

ここまで考えてようやく、私が展示や公演をする意味が見えてきました。

(続く)

個展に向けての覚え書き3―ドリーミング

ドリーミングとは何か、ソングラインとは何か。
この吸引力の強い、魅力的な言葉の実態は、しかしその耳触りの良さにごまかされて見えて来ません。それが小骨のように引っかかっていたことが、今回の旅を通してのテーマに繋がりました。

今回学んだ中での付け焼き刃の理解ですが…
ドリーミングやソングラインという言葉に翻訳され表される概念は、生きている神話とも言えるもの。

ドリーミングで語られる物語は、過去でありながら過去ではない。
土地を通して、常に現在の人に関わり、継承され、現在として生きている。
その理解が明瞭に共有されているからこそ、帝国主義によって踏みにじられ、破壊され尽くしても尚、かろうじて継承の糸が繋がってきた。
(しかしいわゆる白人文化、国際文化に呑み込まれる中で本当に途絶えてしまうという危機感が、私の体験した博物館での展示や、アート活動に反映されている)

神話を生きるということは、もちろん具体的には同じことではないにせよ、私がインドで学び、経験してきたことでした。

(続く)

個展に向けての覚え書き2-わたしとアボリジニ

どうも考えの筋道がまとまらないので、一つ一つ書いていくことにします。

私は幼少時にオーストラリアのシドニーに住んでいて、博物館が大好きだった記憶があります。有袋類や恐竜については学校で習った記憶があるのですが、アボリジニについては博物館で学んだことが大きいような気がします。
アボリジニ・セクションはさすがに25年経って一新していたので、記憶で確認することができないのですが。ただ、日常で触れ合うことの無いアボリジニという人たちに、そして彼らのアートに、非常に憧れを持っていました。

しかし大学で再びオーストラリアに住むようになった時は、なぜか全く関わったり、調べたりということをしませんでした。これは、日本での生活を経て、多文化や多様性としてのオーストラリアに興味が集中していたからかと思います。
そしてアジア研究学部にいたので、学ぶことも、興味も、大半はアジアに関わることで、その意味ではまさしく私はホワイト・アジア(オーストラリアはそう呼ばれることもある)にいたと言えるのかもしれません。

アボリジナル・アートのポストカードを集めることだけ、何かへの抵抗のように続けていました。

(続く)

個展に向けての覚え書き1-アボリジニとドリーミング

アボリジニ、とはオーストラリア先住民のことで、その独特のアートや「ドリーミング」と呼ばれる神話群(そしてその現在と繋がり続ける感覚・価値世界)によって知られていますが、この「アボリジニ」という単語が日本では通じないということが、10歳で帰国したばかりの私には衝撃でした。

このたび3週間ほどオーストラリアに里帰りをしてきました。その隠れたテーマは「アボリジニのドリーミングを少しでも理解する」ことでした。
…隠れテーマだったのですが、キャンベラの国立博物館のアボリジニ・セクションにまるきり魅了されてからというもの、積極的なメインテーマとなり、軽く旅立った私のスーツケースは資料でズッシリ重くなりました。

二日間足を運んでじっくり堪能したこの展示は、「最新の博物館は、芸能の原点に近づくのか!」と思わしめるものでした。

アボリジニにとっての博物館の意義はかなりハッキリとしていて、放っておいては途切れてしまうかもしれないものを、継承すること。そのために、五感を使って歴史や文化の様々な側面が体験できるようになっていました。視覚や聴覚はもちろん、触覚も。触ることの力強さ。そして様々な映像。アートとの融合によって、人が歩き、動き、活動することがそのまま土地と響き合い影響をするということすら体感できる。

この展示にものすごい刺激と衝撃を受けた私は、それまでも持ち続けていた「それで、展示をすることに何の意味があるのか?」という問いにより強く向き合うことになりました。初年の展示は、それまでの画の供養という意味合いがハッキリとあったのですが、二年目からは霧に目をこらしながらの模索だったという気がします。
それで今回は、「体験する人に何も変化をもたらせないなら、展示をする意味なんて無いじゃない」というところの(ちょっと極端かもしれませんが)意識に引き寄せられました。

(遅くなったので、次に続く)